太平洋の見える町から、四季の移り変わりを伝えます。


by hita-17
千葉大学の内山直樹先生の「説文解字」(せつもんかいじ)を読むという講座を受けました。

全15編ある説文解字に関わる資料を東洋文庫から出してきて見せてくれました。

後漢の中国最初の字形にもとづく字書である「説文解字」を詳しく解説し、実際に読んでみました。

「説文解字」は9353字について字の本義と字の構造を説く(説解)ものです。

中国で現在、発行されている説文解字を私は持っていますが、中々読む機会はなく、貴重な時間でした。

漢字の一を書くとすべての始まりである。つまり、何もないものを二つに分けたのであると、深い意味を知りました。

見出しの文字は、篆字で、今の漢字は中国の戦国時代に古文といわれ、東の方の文字を意味していた。


中国では新しい物がでると古いものは捨ててしまう。「説文解字」の改訂版が出ると古いものは捨ててしまう。

というのが、とても面白かったです。それに比べ日本では、古いものを残しておく。

奈良の正倉院を出さなくても、日本には古いものが沢山、色々な文化を含んで残っています。

最近は古民家を活用する話も聞きます。

中国と日本の文化の違いの一つはこのことかと納得しました。
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# by hita-17 | 2015-10-30 01:27 | 日記
昨年は「審査員奨励賞」を頂きましたが、今年は「秀賞」でした。

今年は、3点応募して、1点に絞るコースにしました。

1点でも入賞したのでうれしいです。今年も表彰式と懇親会に出席します。

上位入賞者の作品を見ることも楽しみです。

懇親会の後に東京都美術館で徳光ゆかり先生のギャラリートークもあります。

仕事に埋もれているような生活の中で楽しみが一つ増えました。
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# by hita-17 | 2015-10-30 01:22 | 日記

体育祭

10月22日に体育祭がありました。

今年も昨年同様、校庭が工事で使えず、高萩キャンパスの人工芝コートを使用しました。

昨年、学年で2位だったので、今年は1位を狙おうねと言っていました。

メンバー決めの時、「勝ように組もう。」という声が聞こえました。

欠席は一人だけだったので代わりのメンバーはすぐに決まりました。

順位は昨年までは、3位までしか加点されませんでしたが、今年は5位まで加点されました。

昨年同様、二人三脚で一位になり、他の種目でも三位を取っていました。

午前の部が終ったとき、係りの先生に順位を聞くと、学年で二位とのことです。

最後のクラス対抗リレーで、頑張りましたが、一位になれませんでした。

昨年同様の学年で2位でしたが、よく頑張ったと思います。

今年から、学年単位ではなく、コースごとにMVPが選ばれるので、わがクラスから選ばれることになりそうです。

表彰式は時間の関係で、後日になりますが、生徒たちの健闘をたたえたいと思います。
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# by hita-17 | 2015-10-30 01:20 | 写真

鵜来来の湯

母と妹を誘い久しぶりに「鵜来来の湯」(うららのゆ)へ行きました。

昼食前に温泉に一度入り、昼食後にもう一度入りました。休日でしたが、来場者は少なくゆっくり入れました。

初めに入った時、私たちが出るとき、入ってきた家族連れに会いました。

私たちと同じように母と姉妹二人の3人連れでした。

広間は二か所に分かれていますが、すいていたのでゆっくり座りました。

昼食を食べ終わって、周りを見回すと、先ほどの家族連れも近くで食事をしていました。

そのうちの一人に見覚えがありました。よく見てみると、中学の同級生でした。

名前を妹に教えると、妹と同じ学年にもいたとのこと。

その姉妹は、私たちと同じ年どうしでした。私は、挨拶だけしましたが、妹は話をしました。

週に一度は、親子3人で「鵜来来の湯」に来ているとのこと。近くの温泉で、ゆっくりできるのがいいなと思います。

我が家から、30分以内で行けます。今回は、浴場に人が少なく得した気分でした。

売店には、地元の野菜もあり、里芋ときゅうりと酢いかを買って帰りました。

母の元気なうちにこれからも行けるといいなと思いました。
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# by hita-17 | 2015-10-30 01:18 | 日記

お別れ会

9月17日、日立生と死を考える会の会長を務めていたKさんが亡くなりました。難病を患っていました。高萩市に住み、クリーニング店を営んでいましたが、病気のことがあり、娘さんが住む千葉に引っ越していました。双子の娘さんで、長女は、結婚し千葉に住んでいました。次女は、東京で仕事をしていました。次女が、マンションを買おうとしたとき、両親と一緒に住もうと、長女の近くに中古の住宅を見つけたのでした。8月に千葉の家を訪ねお会いしたばかりでした。お元気そうでしたが、肺の病気なので時々辛そうな呼吸をしていました。

Kさんは、朗読の会「芙蓉の会」でご一緒していました。毎夏、日立生と死を考える会の主催で「メモリアルコンサート」を開いて下さっていました。昨年は、母のパッチワークを展示してくれました。

ご夫婦で参加の「芙蓉の会」でしたが、病気をしてからは、奥様だけの参加が続いていました。それでも、昨年は、「メモリアルコンサート」にご主人も朗読で参加しました。

9月18日に訃報の知らせを受けましたが、通夜は22日、お別れ会は23日でした。22日、芙蓉の会で一緒のOさんと私の車で向かいました。18時から始まるので、13時半に自宅を出ましたが、思ったより時間がかかり、千葉の佐倉市に30分前に着きました。

通夜と告別式を22日に行い、23日は、「お別れ会」とのことです。会場には、写真を趣味にしていた、Kさんが撮った写真と家族の楽しそうな写真が展示されていました。
22日にお坊さんがお経をあげ、焼香しました。弔辞は、麗澤大学の水野治太郎先生からの文を代読していました。日立生と死を考える会を立ち上げるときに、先生にご相談してから、20余年になるとのことです。

私も、水野先生の講演を聞いたことがありますが、自愛のあるお話でした。

親族代表の挨拶は、妻のMさんでした。1週間前に入院して最後まで、好きな食べ物・音楽・DVDを見てからの最後だったと知りました。

23日の「お別れ会」は、水野先生の弔辞からはじまり、現在の日立生と死を考える会の会長であるYさん、日立生と死を考える会の事務局のKWさん、「メモリアルコンサート」で切り絵の展示とギターの弾き語りをし、Kさんの朗読の原稿を書いていたKYさんの順に思い出を語りました。次に「芙蓉の会」のOさんが、高村光太郎の「檸檬哀歌」を私が鴨長明の「方丈記」を朗読しました。その後、在りし日のKさんの朗読する映像が流されました。本当に、惜しい方が亡くなりました。67歳では、これからまだまだやりたいことがあったでしょうに……
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# by hita-17 | 2015-09-30 22:40 | 日記